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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)489号 判決

原告(反訴被告) 伊藤忠石油株式会社

右代表者代表取締役 小竹次六郎

右訴訟代理人弁護士 山田利夫

被告(反訴原告) 戸部石炭株式会社

右代表者代表取締役 戸部光衛

右訴訟代理人弁護士 沢克己

主文

被告は、原告に対し、金五〇九、九〇五円、及び、これに対する昭和三二年一一月一日から完済まで、年六分の金員を支払え。

被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

本訴ならびに反訴の訴訟費用は、いずれも被告の負担とする。

この判決は、金員支払を命じた部分に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、本訴請求について。

一、原告が石油製品の販売を業とし、被告が石炭その他の燃料の販売を業とする会社であること、昭和三一年春頃から原告と被告大阪営業所との間に石油製品の売買取引が行われたが、当初の代金支払方法が原告主張の通りであつたこと、被告が、原告に対し、別紙入金表記載の内、同三二年四月一五日及び同年八月一四日欄記載の通り代金の弁済をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告の帳簿であることについて争いがない甲第一及び第二号証≪中略≫を考え合わせると、原告が被告の石油販売仕入主任たる訴外糸井護との契約により、昭和三二年八月末日までの間に、被告に対し別紙売掛金一覧表記載の通り、合計金一二、〇六六、四六三円に達する重油などを売渡し、その間被告から、別紙買掛金一覧表記載の通り合計金四、五二三、〇一八円相当の重油を買受け(右売買がいずれも純然たる売買でないことは後記認定の通りであるが)、別紙入金表記載の通り合計金七、〇三三、五四〇円の支払を受け、同年七月三一日、右買掛代金債務と売掛代金債権を対当額において相殺し、結局同年八月末日現在における売掛代金債権残額が金五〇九、九〇五円となつたこと(但し、右原告の売渡分ならびに被告からの入金額の各一部が、それぞれ訴外糸井被告のためではなく自己個人の利益のためにしたものであることは後記認定の通りである。)が認められ、右取引数額を覆えすに足る的確な証拠がない。

三、ところで、前掲甲第一、及び第二号証≪中略≫を考え合わせると、訴外糸井が自己個人の利益を図るため、被告名義をもつて揮発油類を買受け、これを被告の帳簿に記載せずに他の業者(宝田石油、光洋運輸等)に売渡そうと企て、同三二年六月初頃、情を知らない原告の営業課長訴外井崎弘之及び仕入販売係員訴外小林守克に対し、被告からの代金支払方法を、毎月二〇日締切、月末より二ヶ月先現金払に変更してほしいと申入れたので、被告を信用し、かつ、被告の石油仕入販売主任たる訴外糸井を信用していた右訴外井崎等はこれを承諾し、同月から支払方法を右申入れの通り変更した上、引続き被告に販売したつもりで揮発油類を売渡していたが、同月以後における別紙売掛金一覧表記載の揮発油類売渡分は、すべて訴外糸井が自己若しくは前示他の業者の利益を図るため被告大阪営業所長に内密で被告名義を冒用して行つたものであること、同月以前における取引中にも右同様訴外糸井が自己個人のためにしたものが一、二存したこと(但し具体的にどの分がこれに当るかは分明でない)、別紙入金表記載の弁済金の内、前示争いのない二口の弁済金を除いたその余の弁済金も、被告が支払つたものでなく、訴外糸井が被告と関係がないのに被告名義で支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

四、原告は、本件取引中訴外糸井が独断でした取引があつたとしても、被告は、商法第四二条ないし第四三条、若しくは民法第一一〇条により、その取引について責を負うべきものであると主張するので考えてみる。

(一)  訴外糸井が、被告大阪営業所における営業全般についての主任者たることを示すべき名称を附せられておらず、単に石油販売、仕入主任に過ぎなかつたことは、原告の主張自体からみて明かであり、かつ、被告大阪営業所には所長が置かれていたことは弁論の全趣旨によつて明かであるから、このような訴外糸井の行為について商法第四二条の適用がないことは多言を要しないところである。

(二)  ところで、前掲各証言によると、訴外糸井は、同二九年六月頃から被告大阪営業所に勤務し、同三一年四月頃、右営業所の業務が、石油、石炭、及び、会計の三部門に分けられた際、石油仕入販売主任を命ぜられ、営業所長訴外隅田利男の取引数量等についての包括的な指示に基き、石油の仕入、販売についての具体的契約締結ならびにこれが履行等の業務を、訴外紺野某、高橋某及び女子事務員を補助者として遂行していたこと、原告との間に本件取引を開始した際、被告大阪営業所長訴外隅田が訴外糸井を同道して原告を訪ずれ、原告の営業課長たる訴外井崎弘之に対し、「今後糸井を自分の代りに寄越し、石油の方は同人にまかすから自分同様よろしく聞いてやつてほしい」と言明し、爾来本件取引期間中、石油取引について右訴外隅田が自ら原告を訪ずれたことがなく、前示補助者が数回代金支払等のことで原告を訪ずれたほかは、一切訴外糸井が原告との交渉の任に当つていたこと、同三二年六月初頃、訴外糸井が原告営業課長訴外井崎及び販売係訴外小林守克に対し、従来の代金支払方法を原告主張のように変更してほしいと申入れ、また、他店からのまわり手形(若しくは小切手)をもつて支払うことがあるかも知れないことについてもその諒承を求めた際、被告、及び、その石油仕入販売主任たる訴外糸井を信用していた右訴外井崎等が、被告の資金繰りの都合もあることと考えて、いずれもこれを承諾し、その後も訴外糸井との折衝により、被告との間の取引であると信じて本件各取引をけいぞくしていたところ、同年八月末日支払のために交付を受けた訴外宝田石油振出の小切手が連続不渡になつたようなことから始めて不審を抱き、同年九月五日、訴外糸井をして被告の原告に対する同日現在の債務残高を確認させた(前掲甲第九号証)が、その頃、被告においても漸く訴外糸井が自己個人のために被告名義を使用して取引をしていることを知り、同日、原告の帳簿を調査させてもらつた結果、前示のような被告の関知しない取引がなされていることが判明したことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。右認定の事実によると、訴外糸井は、被告大阪営業所における石油仕入販売主任として、石油類の仕入、販売及び代金の支払等について一切の裁判外の行為をなす権限を有したものといわねばならないことは商法第四三条第一項によつて明かなところであり、同訴外人が前示の通り被告大阪営業所長の包括的指示ないし承認を受ける関係にあつたにしても、これについて原告は善意であつたといわねばならないから、同条第二項、第三八条第三項により、被告は同訴外人が自己のためにした前示取引についてもその責を負うべきものといわねばならない。

被告は、訴外糸井が自己のためにした取引について、原告に悪意があつたことを徴表する事実として、答弁第二項(1)ないし(3)の事実を挙げているところ、(1)の事実中、原告帳簿に記載されながら請求書に記載されていない二口の揮発油売渡分の存することは、前掲甲第一号証の二≪中略≫によつて認められるが、右証言によると、請求書に記載されなかつたのはことさら原告においてこれを記載しなかつたものではなく、係員の見落しによるものであることが認められ、(2)の事実中、同三二年三月二一日までの原告の被告に対する売掛金残高が、原告の帳簿には金六、二四四、八〇〇円になつていながら、同月作成の請求書には金三、七六七、四八八円と記載されていることは≪中略≫によつて明かであるけれども、証人小林守克(第二回)の証言と前掲甲第三号証の一〇によると、原告の被告に対する売掛帳簿には、重油、揮発油の別なく一括して逐次記載されていたが、請求書は取引当初から重油と揮発油を分けて別々に記載されていたもので、右両金額の差額については、揮発油分の請求書に繰越金として記載請求されていることが認められ、また、原告が当初提出した甲第三号証の一ないし二四(乙第七号証の一ないし二四に相当)の写を撤回し、改めて甲第三号証の一ないし三六として写を提出したことは当裁判所に顕著であるが、当初の右甲号証写は、請求書原本によるべきものを誤つて帳簿によつて作成したものであり、請求書原本は後に提出した甲号証写の通りであることは弁論の全趣旨によつて認められ、(4)において主張する、原告が被告以外の者の振出にかかる小切手を訴外糸井から交付を受けながら、これに被告の裏書を受けなかつたこと、及び、(5)において主張する事実は、いずれも原告において明かに争わないところであり、(6)の事実については、前掲甲第一号証の六により明かであるが、前掲各証言によると、原被告間の相殺については、特にその都度事前に相殺の意思表示をせず、単に帳簿にその旨記載して、残債権についての請求書を作成していたものであるのみならず、証人井崎弘之の証言によると、右被告主張の相殺については、原告から訴外糸井にその旨口頭で通知していることが認められる(以上認定事実以外の被告主張事実については、これを認めるに足る的確な証拠がない。)ところであるが、右認定の各事実をもつては、原告が訴外糸井と通じて同訴外人個人と取引したとか、同訴外人が自己のためにした取引について原告に悪意があつたということができない。

五、してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告に対し、本件売掛代金残額五〇九、九〇五円、及びこれに対する最終弁済期の翌日から完済まで、商法所定年六分の遅延損害金を支払う義務があるわけであるから、これが支払を求める原告の本訴請求は正当である。

第二、反訴請求について。

被告(反訴原告)が、同三二年四月二一日、原告(反訴被告)に対し、被告主張の約旨で重油をその主張の通り引渡し、原告がその内被告主張の重油を返還したのみで、金一、三七八、三二二円に相当する残余重油を返還していないことは当事間に争いがなく、右引渡しならびに返還の法律上の性質が純然たる売買でないことは明かであるけれども、少くとも最終的には売買として処理するものであることは、弁論の全趣旨によつて認められるところであつて、原告は、同年五月末日限り、被告に対し、右未返還重油の価格相当額を支払う義務があつたといわねばならないところ、右原告の支払義務については、同年七月三一日、別紙買掛金一覧表記載の通り他の重油買掛金債務とともに、原告の被告に対する売掛金債権と対当額において相殺されたことは、本訴請求についての判断中において認定した通りであり、従つて、これによつて原告の被告に対する右支払債務は消滅したといわねばならないから、これが存在することを前提とする被告の反訴請求は失当である。

第三、よつて、原告の本訴請求を認容し、被告の反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

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